私の中での価値観では

皆さんそれぞれ、価値観が違うと思うのですが、

私の価値観の中では、芸術や音楽などの創造をしている人が1番輝いていていて、例えそれが売れていなくても、何かを創造している人がとても好きです。そして、私もいまそれに挑戦していて、それに向けての職業や勉強をしています。

 

'それに向けての職業や勉強をしている'というのは、それを単体で食っていけるための練習をしているわけでは無く、芸術や音楽を続けて行くために、ある程度の安定した職業などにつけるようにしていきたいという意味です。

というのも、当たり前過ぎますが、芸術や音楽で食っていけるのはごく少数ですし、僕自身、それで食べていこうとも思っていないので、兼業という形で、ずっと作品を作り続けられたらなぁと思っているところです。

 

 

まだまだ、先は長いですが、先が長いだけに可能性もあると思うので、自分の趣味とバランスを取りながら職業選択をしていけたらなと思います。

支えるだけ

つい最近、友達が鬱になったらしく、そのことについて励ましの言葉を送り、そのときは「何か力になれることがあれば」と思ったりしたのですが、よくよく考えると「近くも遠くも無く、ただ支えること」しか私には出来ませんし、力になりたいという気持ちはもちろん大切だとは思うのですが、おこがましい気がしなくもないので、とりあえずは見守っていこうと思いました。

 

何らかのキッカケで私も鬱やその他の病気になることがあるとは思うのですが、それらをなるべく防げるように行動しつつも、そうなってしまったときには支えてくれる友人などを持てるように、様々な面で頑張っていこうと思いました。

 

筋トレ part3

ここ最近は中々、ジムに行くことが出来なかったのですが、またジムに行き始めました。やはり久しぶりに行くと、筋肉量がかなり落ちていることが分かりますし、なによりも見た目がカッコよくなくなってしまいました。

 

ボクサー体型の体を目指して、食事・筋トレを再び頑張ります。

幸福について

セネカみたな題名で始まりました(笑)

※ここから書くことは、今現在の私が考えていることで、考えていることが正しい・正しくないというのは自分自身、求めておらず徐々に磨き上げていければと思って書いています。

自分の脳内で考えていることを、ブログという媒体に書き、自分の思考を整理するためと、見直したときに自分の考えがどのように変化していくのか、それとも変わっていないのか、変わったならば何がキッカケなのかを知るために書いています。

 

言いたいこと

・幸福は既に手にしていて、気づいていないだけ。

・普遍的な幸福というのは無い。

 

 

皆さんは「幸福について」考えたことがありますか?

そもそも幸福って何なんだろうと思うかもしれませんが、例えば高所得者であることや、家族を持っていることなど人それぞれだと思います。

 

ただ、私はここ最近、「幸福とは既に手にしているもので、求めるものではない」と思うようになりました。

というのも、自分が手にしていないものに対して不満を持つことは良くあることですが、いま手にしているものに対してのありがたみに気付いている人が少なくなっているのではないか?そして自分もそうなのではないか?と感じることが多々ありました。

 

 

これは私が最近経験した出来事なのですが

「最近、家のエアコンが壊れて2週間ほどエアコン無しの生活をしていたのですが、物凄く寒いし、夜もなかなか眠れないということがあり、エアコンを失ってから、改めてエアコンの大切さを知る」という出来事がありました。

そして、わざわざ有難ることは無いですが、今ではエアコンがあるだけ幸せだなぁと感じることが出来ています。 

というように、実は幸せというのは何気ない日常にあるのでないのかと思うようになりました。

 

 

また、これは私が実際に意識的にやっているのですが、意図的にほぼ極貧に近い状態で生活するということをやっていて、これをやると何に対しても有難みが出来ますし、そして何より、貧乏耐性が出来るので将来的に何かあったとしても大丈夫だろう、極端かもしれませんがホームレスになっても大丈夫であろうという気持ちさえ、ここ最近は湧いています。そのくらい極貧生活をしている、マゾでもあるのですが、これが結構楽しいのです。

 

例えば、ここ4カ月間は、「キャベツの千切り・パプリカ・茹でキノコ・人参・卵・ベーコン・ウインナー」という健康が害されない最低限の食生活をしていたのですが、病気にもなりませんでしたし、お腹もまあまあ満たされてました。

そして、1ヶ月に1回贅沢として、1000円くらいのステーキを食べたのですが、1000円のステーキが物凄く美味しく感じるということが起きて、以前はそんなことが無かったので、それだけでも幸福度は上がると気付きました。

 

本題に戻りますが「幸福とは既に手にしているもので、求めるものではない」ということに気付くためには意図的に最低限の生活をすればいいのではないか?と思います。

 

また、仏教に”欲を持つことはダメ”みたいな考えがあって(勉強欲などは肯定されていたと思います。)好きなのですが、欲というものを徹底的に排除すること、そして自分にとって何が”欲”であるのかを理解して、求めているものが本当に欲しいものなのかを再検討する必要があるのかなと思います。

 

 

そして幸福というのは普遍的なものは無くて、世間的には幸福とされていることが自分には当てはまることが無いかもしれないということを理解することも必要だと思います。

 

例えば、未婚率・少子化が問題になっていますが「結婚は幸せである。するのは当たり前だ。」という普遍的な価値観があると思うのですが、出来ない人も居るだろうし、出来ない=不幸せということなのか?というとそうではないと思いますし、仮に結婚出来たとしても、子どもが出来ない体質であり、子どもに恵まれないということがあります。そうなると次には「結婚は出来た、でも子どもが出来ない」みたいな悩みが出来て、これも上記と同じで、結婚して子どもがいない=不幸せなのか?と言われるとそうではないと思います。

 

というように、普遍的な幸福というのはかなり難しいわけで、運要素がかなりあります。十人十色なのに、幸福などは普遍的なものを理想としているのはおかしいなと思っていて、そのおかしさを認めた上で私はどうしたいのか?を考えるのが大切だと思います。

 

追記ーーー

幸福について、書きましたが

正直なところ、私が幸せだろうと、読者の皆さんが幸せだろうと、世の中的には、ほぼ意味が無く、気持ち悪い表現の仕方ではあるのですが”宇宙・地球の視点、そして過去からの繋がりで見るなら”幸せかどうかはどっちでもいいのかなと思ったりすることもあります(笑)。

 

これはマイナスの考えと思うかもしれませんが、世の中的には意味がないのだから、オリジナルでも良いのではないかと思う面もあり、私個人としてはオリジナルな生き方をしてみようかなと思っています。

 

また追記の件については、もう少し広げられそうなので、別記事にしたいと思います。

 

食事 part7

2ヶ月ぶりくらいに女性と2人で食事に行きました。

今回、食事した女性は4ヶ月ぶりくらいに会い、会ってなかった期間で何があったかなどを話しました。そして、その女性には私と会ってなかった4ヶ月の間で彼氏が出来たらしく、まだ付き合ったばかりなのに、彼氏の愚痴をめっちゃ話されました(笑)

 

「束縛が激しくて嫌だ」というのがメインで色々とアドバイスを求められたので、彼氏のことは否定せず、彼女のためになることを話したのですが、色々と大変だなと思いました。

 

その女性は元々、あまりモテるタイプでは無かったらしく、去年から男性の割合が多い趣味のコミュニティに定期的に参加して、そのコミュニティに属してからモテるようになり、去年だけでそのコミュニティに属している5人の男性からアプローチを受け、今の彼氏もそのコミュニティで出来たらしいです。(アニメで例えるなら、女性のファンが多いBL界隈より、ガンダム界隈のコミュニティに参加し、需要と供給のバランスがかなり偏っているためモテているという感じです)

そして、私が恋愛の流れだったので「何で彼女出来んのかな??」と聞いたら、やはりコミュニティが重要と言われ、「女性が多いところに居れば必然的に彼女が出来ると思うよ、私もそうだったし」となり、コミュニティ=環境の大切さを改めて思いました。

 

少しだけ話は脱線しますが、年末年始に久しぶりに地元に帰り、地元の友達とお酒を飲む機会があったのですが、地元にずっといる人はやはりその地元のグループで強固なコミュニティ形成がされていて、疎外感を感じ、そういうコミュニティを否定するわけではありませんが、考えていることとかが小中高の頃からあまり変わっておらず、刺激は無く、また自分は「もっと世の中に対しての刺激が欲しくて環境を変えたんだ」と再認識したのですが、良くも悪くも私は環境が全てを変える気がして、まだ自分自身が変わったという確信はありませんが、徐々に変えていこうと思ってます。

 

そして、これは恋愛のことだけでなく、仕事やライフスタイルにも言うことが出来て、良くも悪くも環境に依存すると思います。

 

ならば、その環境を手に入れるにはどうしたらいいのか?と考えるわけですが、それは適切な努力をし、なるべく早くその環境に身を投じることが必要なのかなと思います。

ただ、仏教の思想で”欲を持つことは良くない”というようなものがあり、思想・哲学の面、精神的成熟が無ければ、自身の成長の源である環境を間違えてしまうのかなと思っています。(このことはまた別記事に書こうと思います。)

 

とりあえず、環境を変えることは、人生を変えることになると思いますし、良くも悪くも環境次第で人生の立ち位置は決まってしまうのではないか?と思いながら、女性との食事を楽しみました。

自分に自信を持つことは大切だが。。。

00年代のブログタイトルっぽいが、書いていこうと思う。

様々な自己啓発書には「自分に自信を持て」とあるが、これは正しくもあり、間違っていると私は感じていて、時々、「自信が過信」になっている可能性があり、以前の私がそうであったからだ。

 

これはニュアンスがかなり難しいが、「未来は明るい。と思いつつも、徹底的にリスクを考える必要がある」というこで、具体例を挙げるならば、TOEICで800点取りたいとして、現時点で500点しか取れていない人がいたする。300点上げるために、自分には出来ると過信して3カ月間で300点上げると目標を立てようとしたときに、3カ月で300点は可能かもしれないが、個人的にはかなり難しいと感じる。

そこで、前述したように「自分なら出来る」というような過信をしてしまうのはかなり危険なのではないか?と最近感じています。

 

また、単純な話し、「何かを成し遂げるためにはある程度時間が必要だ」ということで、「焦りすぎるのは良くない」と思います。

 

色々と書きましたが、結局のところは無理な計画を、自分の能力の過信によって立てるのはダメだし、出来なかったときに自己嫌悪に陥りそうなので、「未来は明るいと思いつつ、自分の能力には過信せずに(むしろネガティブに考えて)、物事の達成には時間が必要」という、ことを忘れずに頑張ろうと思います。

自分の進路

定期的に将来のことを考えるのですが、最近は目指すべき目的や目標は既にあって、後は”道”の問題でかなり悩んでいます。

と、いうのも私はプログラマー、IT関係の職業に就きたく、インターンをIT企業でやっています。

インターンという言葉は大学に行ったことがある人ならわかると思いますが、私はいま大学2年生で、週2回ほど企業に行ってインターン(バイトとほぼ同意義)をしてます。

 

そして自分自身を悩ませている点は、専攻が情報系ではなく、文系であることです。

ただ、文系でプログラマーというのは日本では当たり前にいるかもしれませんが、海外で働くとなると、かなり厳しいものがあります。

途中になりますが、もう1つ私を悩ませている点は、”海外で働いてみたい”ということです。

IT関連で働きたいと望んでいるので、海外に視野が向くのは自然なことなのですが、海外の就職システムは”何を大学で学んだか?”や”何が出来るのか?”や、また、レベルが上がると”大学の数学的知識”が確実に問われることになり、海外では博士課程まで進んでいる人が多く、その中で自分という存在をアピールする、実力を示すには学歴がある程度必要な気がしてます。

 

もちろん、文系で海外就職を果たした方もいますし、それは何とも言えないのですが、1つの例を一般化するよりも相対的に有利な道を選択したいという気持ちがあり、大学の専攻を変更するために別の大学に入学しようかなと思っていて、ただ、文系から理系なのでまた大学1年生からやり直さなければいけないことは、ほぼ確実なので年齢的な意味で大学卒業は25歳になり、どうしようかなぁということと。

 

もう1つの道は

このまま、学校を変えずに大学卒業して、お金を貯めて、海外のIT系専門学校的なところに入学しようかなと思っていることで、留学相談会で聞いたのですが、海外にも専門学校があるらしく、そこで学びかつ、ポートフォリオを提出することで、海外就職することが出来るという感じです。また、ビザも3年ほど学生ビザで取得出来るらしく、どちらかというとそのビザ取得のために学校に行くらしいです。

というのも、単純な話しで、仮に私が1年しか滞在できないビザを持っていたら、1年で帰ってしまうし、それだったら現地の人を雇うほうが合理的ですし、そして私が物凄い技術を持っていたとしても、ビザは結構取得が難しく(ITは高人材枠に入っているので他の分野に比べれば楽ですが)、結果的には1年で帰国の可能性も否めず、現時点ではどうなるかが分からない状況です。

 

以上のように、かなり将来に対して不安感があり、目標物はIT関連の職業に就きたいというものですが、そこまでの道で迷っている感じです。ただ、個人的にはAIや自動運転などの分野に興味があり、それをより深く知るためには、海外の専門学校に通うよりも、日本の大学に通いなおして、25歳ぐらいで卒業にはなってしまうのですが、海外の修士や博士にも恐らく進めるはずなので、そっちの方が良いような気がしてます。

 

と、ファミレスで悩みを打ち明けている、女の子のような感じになってしまって、答えは無いですし、自分の悩みをただ書き連ねただけなのですが、大学2年生の頃や若かりし頃はどんな人であっても私のように悩みを抱えて生きていると思うので、自分が思った道で最善なのを選んで、後はほぼ確実に親には反対されますが、その辺は上手くやりたいなと思いつつ、将来に向けて頑張ろうと思います。

 

追記

いろいろ書いてて思ったのが、かなり情報不足であるという事で、留学関連の情報を手に入れることが必要だと思いましたし、IT企業で働きたいけど、ITというのはジャンルがかなり広く、これでも道は狭めている方なのですが、目標物が定まっているようで、定まっていない(OOになりたい!というのではない)ので、もっと明確にしようかなとも思います。

 

ただ、私のポリシー的に、「人生は何歳からでもやり直せる」というのがあって、私の学校にも25~30歳ぐらいでやりたいことが変わって大学に入り直した人もいるので、あまり年齢のことで不安になりすぎるのはやめて、恐らく25~27くらいまでは正社員という形で定職に就かないので、貧乏だとは思いますが、受け入れて頑張ろうと思います。